teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:49/580 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

本来ならば、加害側に立つ者が、激しく放射能汚染した漁場で働き、早く亡くなった乗組員の死が、100パーセント放射能・・・

 投稿者:京都の菊池です。  投稿日:2016年 2月 6日(土)10時07分34秒
  通報 返信・引用
  転送転載歓迎

京都の菊池です。
下記の投稿を書きました。
よろしければ、ぜひ、お読みください。


本来ならば、加害側に立つ者が、激しく放射能汚染した漁場で働き、早く亡くなった乗組員の死が、100パーセント放射能によるものではないことを医学的に証明し、被害者や遺族に伝えるべきだろう。
『放射線を浴びた[X年後]2』関西劇場上映開始。2/7伊東英朗監督、川口美砂さん トークショー予定ほか。と、『福島のすがた』写真展。と、映画「みんなのための『資本論』」のご案内
(記事URL
http://list.jca.apc.org/public/cml/2016-February/041951.html )

抜粋します。

・・・
劇場映画 「X年後」2 の公式サイト
http://x311.info/part2/
より


制作者のことば
監督 伊東英朗
http://x311.info/part2/message/
より

・・・
広島、長崎の原爆投下からわずか10ヶ月後、マグロの漁場で始められた核実験。繰り返される核実験で漁場は激しく汚染。
第五福竜丸の被ばく発覚後、放射能検査が行われ、延べ992隻もの被ばく船が見つかったにもかかわらず、政府は「すでに測定の必要がない」とし、その年の12月、わずか10か月で検査を打ち切った。
『直ちに健康に影響がでない』ため、人々は少しずつ事件を忘れていった。10年後には東京オリンピックが開催され、日本は、さらに上を向いて歩み始めた。いつしか、事件は完全に忘れられ、「第五福竜丸」と「髪の毛がぬける」という言葉だけが脳裏に刻まれた。

そして第五福竜丸の事件から57年後の2011年3月。福島で原発事故が起こり、放射能検査が始まった。
そして12月、安全宣言がされた。
事故からもうすぐ5年。
放射能の影響があいまいなままだ。
「いつまでも、悲しいことを考え続けるのはやめよう。前向きに生きようじゃないか」という声が聞こえてくる。奇しくも事故から9年後となる2020年、東京オリンピック・パラリンピックが開催される。
ビキニ事件では、半世紀後、事件の記憶はほぼ消えていた。いま、新たなX年後に向けてカウントダウンが始まっている。半世紀後、日本人は、何を覚えているのだろうか。そしてその時、人体に何が起こっているのだろうか。

36歳で亡くなった川口さんの父親や、45歳で亡くなった和気(大黒)さんの父親が受けた被ばくを医学的に裏付けることは難しい。
しかし人体に重大な危害を加える危険な物質が蔓延する中で操業を続けたことは、船員手帳と厚生省の文書をつき合わせば事実であることは分かる。

この事件に限らず、被ばく事件においては、被害者が『被ばくしていること』証明しなければならない。なんという矛盾だろう。
本来ならば、加害側に立つ者が、激しく放射能汚染した漁場で働き、早く亡くなった乗組員の死が、100パーセント放射能によるものではないことを医学的に証明し、被害者や遺族に伝えるべきだろう。
想像を絶する量の放射線を生み出し、アメリカ本土や日本列島が放射能汚染していることを、少なくとも1952年には把握しながら実験を続けた責任は重い。

2004年に前作『放射線を浴びたX年後』のための取材を開始してから12年。これまで多くの方々に支えられて、ここまで来ることができた。これまで自分が倒れるまで一生追い続けていくものだ、と覚悟を決め、取材を続けてきた。『放射線を浴びたX年後2』が完成した今、ますますその思いは強くなっている。僕の旅はまだ終わっていない。これからも被災者と共にありたい。

何があっても諦めないぞ!
・・・


菊池
ekmizu8791アットezweb.ne.jp
(菊池へ送信の場合、アットの部分を@に直して送信してください。菊池)
 
 
》記事一覧表示

新着順:49/580 《前のページ | 次のページ》
/580