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ちなみに

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年12月29日(土)13時34分19秒
返信・引用
  質量の積に比例し、互いの距離に反比例するのが引力である。
(万有引力という意味がわかってない。)

ちなみに
クイズでわかるのは流動性知能(ヒラメキ)の高さぐらいであって
それさえも類題をやることでできるようになってしまう(ステラテジー
の獲得=フリン効果)結晶性知能(記憶力・要領の良さ)
きちんとした判定できるテストを使わなければ無意味です。

(だって、著者が自分のサイトで統計的に出した値で判定
してますと断っているじゃないの。何位にあたるかしか
わかりませんよ。そのうえで、じゃあ、1位の人の言うこと
は正しいのかは別問題。知能指数と正しさはまったくの
無関係。知能指数=要領の良さと考えた方が一般の人は
正確な理解ができます。

正しさの根拠たりえません。
 
 

日本語を正しく使おう

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年12月27日(木)04時43分54秒
返信・引用
  質量に比例して引力は強くならない。
万有引力から勉強しましょう。
加速度という言葉の意味がわかっていない。
慣性の説明なしに加速という現象は説明できない。
別に速度が上がることを説明せよと言っているのではない。
同じ速度になることを説明せよと言っている。
自分の意見を修正できないことこそが一番の問題。
質量の物理的な意味こそがこの問題の本質です。
現象的な説明は以下の通り
1kgのものを落とす
1kgと1kgのものを落とす。
1kgと1kgと1kgのものを落とす。
どれも同じ速さなはずである。
どうして、2kgという塊になったとたん
速さが変わると思えるのか
2kgは1kg2つと同じである。
したがって、2kgの方が速くなるというのは
2kgのものを動かすときに力がたくさんいる
という日常の感覚からくる錯覚にすぎない。

説得はできそうだが、これ何も物理的には
説明できていない。ただ重いものは大きな
仕事をするということと速さとが混同して
考えられているという指摘は正しいと言える。
仕事と速さは別物。エネルギーと速さも別物
である。したがって速度に関係する物理法則
を使って証明するのが合理的だと考える。
そうなるとニュートン物理の原理を使うしか
ない。
 

いやいや金のためでしょ

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年12月24日(月)06時42分38秒
返信・引用 編集済
  まだ、日露戦争を自衛戦争という枠で考える人がいるらしい。
発端から過程までまったく自衛とは関係ない権益戦争です。
そもそもが満州もモンゴルも日本のものでもロシアのものでも
ありません。それがどうして自衛戦争になるのでしょう。
立派な帝国主義に基づく覇権行為(積極的外交)です。

朝鮮半島がうんぬんについても伝統的にそこが日本の統治
範囲だったことはなく、明らかに覇権争いであり、日清戦争
はそのために起こったでしょうに。(朝鮮王朝の火遊び外交
が一番問題ですが、あの国の主権は常に国民抜きで物事を
決定してきたのであの国の歴史的には無問題だったのでしょう。)

植民地にならないという自衛なら英米を撃つのが本筋です。
ところが英米の力を借りて<代理戦争>をしてみせている。
むしろ、主権を維持するために手下に成り下がるということ
を明治政府は政策として行っている。

これって下関戦争のトラウマでしょ。でも、この戦争は日本の
意思決定機構からいって正当な行為で、まったくもって真っ当
なこと。

それがどうして最初から対露軍事ばかりが明治政府の中心課題に
なったのか。
(三国干渉以前からそうなのであって、三国干渉はむしろ、そう
いう日本側の姿勢をロシア帝が知っていて行ったとも言えそうです。)

日本海のシーレーンうんぬんも馬鹿でねえ。
借金で作った新造船と他所の国のお古の戦艦で軍隊を作っている国が
シーレーンもへっったくれもない。国を守るという最重要課題に
あたっての装備がそうなのに一般の通商船のレベルを押して知るべし
である。むしろ、日露戦争後に国際的な海運業になっている。

http://agora-web.jp/archives/2025159.html

 

戦前、戦後の日本が金(外貨)を儲けなければならなかった理由

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年12月23日(日)04時43分17秒
返信・引用
  もっとも単純にいうと
「日露戦争」のせいである。

日本(帝国)という国家は
この戦争を履行するにあたって
多くの日本人が習う莫大な借金をした。
(それすら、当時の日本人はその意味を
分かってなかった。だから、日比谷焼き討ち事件
が起こった。きちんと事実関係が報道されていれ
ばそんなことにならなかったはずである。命を
かけたせいで勝利したと当時の普通の日本人は
思ったはずで、戦争が思い込みでなんとかなる
という心情がどこから来たのか不思議である。
当時の日本人は全てニンジャやサムライのよう
な特殊技能をもっていたのであろうか。)
とまれ、戦争に勝つ=儲けが出るというのが
当時の常識だったことがわかる。

しかし、日露戦争は勝っても儲けが出ない戦争
だった。始めからそれがわかっていた。賠償金
が出てもそれは本来借金のために使われ、国民
生活のためには何1つ回ってこない。

この17億円にものぼる借金の返済が終わった
のは昭和61年です。
つまり、日中戦争の頃も払っていたのであり、
むしろ、払うために経済をなんとかしないと
ならなかった。

で、大東亜戦争が終わって、賠償金は取らない
方針でしたが、日本が持っていた負債は全く
軽減されませんでした。戦争に負けただけで
なく、かつての戦費の支払い国であるという
立場は継続させられていたのです。
 アメリカはこの借金を継続的に支払って
くれる方が儲かる(その辺の理屈はその辺の
銀行屋に聞いてください)から戦後復興の
経済的援助をしたと考えれば実に合理的です。
(そもそもなんでもビジネスライクなアメリカ
人が日本にだけ人情派なんてことはおかしな話
でしょ)

国際的な信頼を失うことよりも(満州国、連盟脱退)
国際的な信用(ポンド建て、ドル建て取引)を
失うことは国家崩壊につながる一大事だったのです。

お金(経済)であらかたのことが説明できるのが
近代から現代までの流れです。そのことを認めないのは
よっぽど、頑張ればとか百匹目の猿などの精神論、神秘論
を重要視しすぎています。
曹操だって収穫を挙げなきゃ戦争はできないんだって
屯田や新田開発を政策の一番の柱にしています。

http://agora-web.jp/archives/2025159.html

 

今年度の最後に

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年12月21日(金)04時28分30秒
返信・引用
  今年の漢字は「災」であったが
本掲示板にとっては「潔」である。
その意義はあえて書かない。

で、やはり、安倍首相は終戦以降
最低の宰相に成り下がった。その
ことに気づかないのは日本人の多くが
経済と自分たちの安全しか考えてない
からである。

日中戦争(日華事変)から太平洋戦争(大東亜戦争)
まで続いた大きな間違いは、戦争をした以上は儲けなければ
ならないという前提とこれは武力で乗り切るしか無い(乗り切ろう)
という確信である。本来もっていたはずの、のらりくらりとした
浮き草のような交渉姿勢をいつから日本民族(そんなものがあると
して)は無くしてあのような戦えば勝つ必ず(負けたら終わり)と
いうような意識になっていったのか。(明治クーデター政府の影響
は大きいのだろうか。なにしろ、半島の緩衝帯化、ロシア東進への
防衛…欧米各国の侵略じゃなくて?)が軍事目標なのだから)

話を元に戻せば
気が付かない内に
中国の東進がすでに国防の前提になっていてありえるかも
という仮定の話ではなくなっている。
しかし、中国から見れば自己の国権を主張している1つの
課題にすぎない。南進こそ本来の彼らの現在の目標のはずで
実際、そういう動きが多い。
けれど、安倍首相はかつてのダボス国際会議でこう述べた。
「日本と中国の関係が戦争(war)に発展する可能性がある(conceivable)のではないか」と問われたところ、「今年は第1次大戦から100年を迎える年。当時、英独は大きな経済関係にあったにもかかわらず第1次大戦に至った歴史的経緯があった」
そして、日本は実際そのように動いている。
しかも、国内的には「中国が悪いのだ」という前提で
日本は日本の国益のために動く、中国は中国の国益のために動くただ
それだけのことなのに、多くの日本人は公務員試験の一般教養レベルの
「国際社会はルール違反を裁く、上位機構がなく国と国同士がむき出し
のエゴをぶつけ合う場所である。」という意識がない。
その上で相手の動きを総合的に見て、
「君がこれ以上こういうことをこの範囲以外でやろうとするなら
 私だけでなく、多くの国が困ることを知ってるか」という
サジェッションから入る外交のはずである。
ちなみに、ファーエイ副社長逮捕に関する中国の発言は的を射ている
これまで、一番の情報盗聴国はアメリカであった。
そのアメリカがやはり自分だけのために中国は危険だと言って
行動しているその認識があるだろうか。日本はこれまでの流れがある
ので、一応その行動に載っかている。(積極的賛成は表明して欲しく
ないものだ。なぜなら、そのなれば日本の国家機密などアメリカの
通常行政資料にしても構いませんというようなものである。そんな
バカな)
もう一度、戦争は馬鹿らしい。儲けにはならない。(公共事業では
あるが、それは借金だぞ)という当たり前のことを前提にして欲しい。

http://agora-web.jp/archives/2025159.html

 

雑感)勝谷誠彦氏訃報に触れて

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年11月30日(金)04時44分35秒
返信・引用
  面白い人をなくした。
もう少し日本で暴れてほしかった。
彼は保守枠に入れられていたが、
本当は改善(カイゼン)派だったと思う。
これならこうした方がいいだろう。そうじゃないか。
そんな考え方ばかりじゃないだろう。
そう言い続けた人であると思う。

原因は酒らしい。
また、自身でうつを患ったと告白もしており、
躁鬱だと自己診断していた。
御本人は生きたいように生きたとご満足なのだろうか。
謹んでお悔やみを申し上げる。

http://agora-web.jp/archives/2025159.html

 

雑感)日本は良い国というけれど

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年11月28日(水)05時04分58秒
返信・引用
  日本は良い国だ。良いところはたくさんある。
 でも、問題が無い国ではない。
 その問題の解決は、受け入れる(合理化)葛藤する(問題化)から始まると
 いっていい。
今回の外国人労働者問題も少子高齢化という問題を受け入れた上での解決策
として考えられていたことだ。だけれども、どうも企業のコストダウンのた
めという感じがしてならない。
 賃金を上げればある程度、労働力を確保できるのではないだろうか。
実際、言葉の壁を解決するために使うリソースを考えれば、賃金を上げると
いう選択肢が選べる可能性がありそうである。
 しかし、安全にそして共に働きやすくということを度外視していれば、外
国人労働者はコストダウンの方策に見えてくるだろう。
 特に今回そのあたりの行政指導のあり方はこれから考えるだの、整備しな
がらやるだの官僚とは思えない発言が多い。これは明らかに政治主導の議案
である。それで、インフレターゲットが可能だとは全然思えない。
 現在の資本主義はそんなちぐはぐな経済政策でどうにかなるような段階で
はない。ともかく、賃金を上げるしか対応策は無いはずなのだ。

http://agora-web.jp/archives/2025159.html

 

雑感)救われるべきものが救われるべき

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年11月27日(火)06時20分53秒
返信・引用
  どうも、自称保守という方の話を聞いていて
いつも疑問に思うことがある。
 「…で何がどう変わるの?」
 「変わらないことを目指しているの?」
 「それで誰が救われるの?」
 「誰得?」

そこがはっきり見えない人が多い。
根っこには単に「好き嫌い」しかないのじゃないのか。
と感じる人までいる。

 もしも、彼らが彼らの考える「豊かさ」を基準に
考えているのだとしたら、本当はその「豊かさ」の
説明からした方が理解しやすい。
 一般的にその辺はサヨクや左翼の人たちの方が
常にはっきりしている。「弱者のために」である。
で、結局、アイデンティティポリテクスになって
しまう。
>主に社会的不公正の犠牲になっているジェンダー、人種、
民族、性的指向、障害などの特定のアイデンティティに基
づく集団の利益を代弁して行う政治活動。

この集団ということに反発をもつというか、嫌いという
感情をもつ人々がいることが単に批判のための保守という
立場を生み出してやいないだろうか。

新潮45問題はその最たるもので、単にアンチアイデンティティ
ポリティクスという立ち位置から書ける人を集めたらトンデモさ
んだったということなんだろう。

 なぜ、アイデンティティポリティクスに反感をもつのだろう。
そのくせ、日本人というアイデンティティに誇りをもてという
よくわからない主張を言う。日本人には偉い人もいるが、お前
はそうじゃない。という反論が想定されてない。伝記を読んで
こういう人になろう。と主張するのによく似ている。
 誇りはしたことによって、生き方によって築かれるもので
出自によって作られるものではないはずだ。
 でも、出自によって社会的に認められた方がよいと考える
人々も一定数いるということなのか。
 要は自分の都合である。自分の都合中心が自称保守なら
話していても疲れるだけであろう。自分は社会の一部であって
社会全体ではありえない。
 だから、基本的に困った人を助けることを中心として政治が
動く方がよい。軍隊にしても基本はそうだったはずだ。
(もともと、自分たちを守るために発生したのが軍である。その
ときに守る具体的な対象は、国ではなく、女子どもだったはずで
いつからそれがすり替わったのか。結局、職業軍人の発生とともに
だろう。彼らは国に養われ、訓練するだけで飯をあてがわれる存在
であるから)
 右左に関係なく、救われるべきものが救われる方がよかろう。
できれば、それが国や自治体に丸投げでなく、自分が手を差し伸べる
という血肉のある行為であるべきだろう。

http://agora-web.jp/archives/2025159.html

 

仕事:インクルーシブ教育と昨今の学校

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年11月25日(日)19時12分51秒
返信・引用
  インクルーシブ教育というのは、最も単純に言えば
学びたい人が学びたいところで適切に学ぶために<配慮>
した教育のあり方っていうこと。
今までの考え方とどう違うのかというと
能力に応じて学ぼうというのが実は今までの基本。
能力の開きがあっても<配慮>することによって
同じ場所で学べるはずだという考えなので学び方
がまるっきり違う。

 横たわることによってみんなと同じように学べ
るなら、横たわる場所を設定する。車椅子が入れ
る机を用意する。そんなこと。

 これは日本が障害者権利条約に締結した以上基本と
しなければならない社会のあり方。
 障害をもっているだけで社会に迷惑をかけてるんだ
から権利なんて限定的だろ…なんていう人は話し合い
のステージにすら登れません。ベーシックに誰でもが
障害をもちうるという前提、障害に配慮された社会は
誰でもが暮らしやすいという理想が根っこにあります。

 個々人の必要(ニーズ)って考え方もとても大切。
リソース(人的、資源的、時間的、資本的)の分配
の考え方も変わるべきってこと。

>障害者権利条約(要約)
「障害者権利条約」は,障害者の人権や基本的自由の享有を確保し,障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため,障害者の権利を実現するための措置等を規定しています。
例えば
◆障害に基づくあらゆる差別(合理的配慮の否定※を含む。)を禁止
◆障害者が社会に参加し、包容されることを促進
◆条約の実施を監視する枠組みを設置,等

ああ、インクルーシブは包括的とも訳されます。

 まあ、実は相当大きな転換で学校そのもののあり方が変わるような
 ことなんだけれど、、、、実は現場では全然進んでいない。
 なぜかというと、教師がそんな社会のあり方を想像できないから。
 そんな社会を生きてないから。一番の障壁が「教師の意識」にな
 っている。

そのいい例が「○○小スタンダード」という小学校版校則の登場。
これゼロトレランスの考え方に基づくもので、ノートの書き方まで
規定してあるものまである。ここが基準というつもりらしいけれど。
基準に達していればいい。基準に達していなければまずいって…
教師は思うよね。

 基準に達するのが難しい児童は厄介だとなるのが普通です。
悲しいけれど、特別支援という制度があるので、そちらが適
しているんじゃないか。発達障害があるんじゃないかって話
になって、「教師のせい」じゃないというエクスキューズが
出てくる。
もともと、このスタンダードって考え方は、どの教師でも
どの教室でも同じですよ。だから、不満を言ってこられても
困りますという学校のエクスキューズなんじゃないかと…

 まあ、子育てが難しくなってきて、みんな、楽しく学ぶ
という理想より、よく躾けられている=指導が行き届いている
ってことを実現させることばかりになったんだろうなあ。

 もう少しで定年の私が言うのもなんだけれど、もう公立学校
で学ぶよいところは無くなってきているじゃないかと不安です。
いろんなに触れて初めて、自分が見えてくるのになあ。
ぼやきです。

http://agora-web.jp/archives/2025159.html

 

備忘:愚かしさについて

 投稿者:「あ」とよばれしもの  投稿日:2018年11月25日(日)10時20分12秒
返信・引用
  愚かしいという名詞、があり愚かしいという形容詞がある。
愚かしさというのは愚かしいことの度合いであろうか。
愚かしいの活用で連体形である。

愚かしいとは、愚かである。ばかげている。という意味だそうだ。
反対語は賢いである。

漢語での愚の由来が面白い。
心の上の部分がグという猿のようなのろまな大きな動物
(ナマケモノ?中国で?)
それに心がついて【心の働きの鈍いこと】に変化した。

さて、自分が考えたとおりに、人が動いたり、世の中が
 変わったりすると考えてしまうのは、愚かだろうか?
 賢いことであろうか?

そして、そんなことを前提としてうまくいかないときに
口から出る言葉を「愚痴」という。愚も痴も鈍い、考え
が足りないという類義語である。

 したがって、やはり、そんな人は愚かであろう。そん
なことは止めたらいい。時間の無駄である。よほど、無為
なのであろうか。

http://agora-web.jp/archives/2025159.html

 

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